やっぱ音楽って・・・

シン・ゴジラ 誰も言わないラストの考察

シン・ゴジラ 誰も言わないラストの考察

さっそく音楽以外の話題です。

シン・ゴジラ、実はまったくのノーマークでした。これだけ世間で話題になっているにも関わらず。
それがですね。たまたまYoutubeで予告編を見たとたん、いてもたってもいられず・・・。

とにかくまず予告編に圧倒されました。

間違いなく、僕が怪獣映画(ゴジラ)に求めているものを満たしている・・・
それはゴジラが怖いこと、そしてハッキリと画面に出てこないこと。

それでですね、物理的に見に行ける一番早い上映を見に行きました。知ってから見に行くまでの時間が短かった、結果的にこれが功を奏しました。

断言します。前知識なしに見た方が100万倍よい。

勘違いしないようにいうと、ネタバレして見ても十分面白い映画であることは間違いない。

それでも、知らずに見た自分の心の動き、動揺が半端なかった。

今、シン・ゴジラが気になってこのブログを読んでるあなた。

ただちに読むのを止めて見に行きなさい。

こんなblog読んでる暇があったら、とにかく今から一番早い上映の予約をいれることです。

上映館情報
http://www.toho.co.jp/theater/?no=180









何がよかったか

圧倒的な存在感。初代ゴジラに匹敵するほどの恐怖感。

初代ゴジラと同じく原子力の恐怖の象徴として描かれていたこと。

そしてこれは自分の感想ですが、人間活動に相反する自然界の象徴として描かれていたこと。

そして、淡々と描かれていたこと。もったいぶった登場の仕方ではなく、「あっ、いる」という感じで。気がつくと日常の風景にいる。そして日常を破壊する。

忘れているつもりはなかったのに

思い出すのは3.11。忘れたわけではないのに。忘れないと思っていたのに。所詮自分は部外者だったのか。海から上陸したゴジラによって、波、船が押し寄せ破壊される街は、鮮やかにあの時みた映像の記憶を蘇らせてくれました。

そしてぐだぐだの政府の対応を経て、その時を迎えます。全身の力が抜けるのを感じました。圧倒的な絶望感。大阪在住なんですけどね。

中盤の考察、蘇る宮崎アニメの・・・

考えてみれば、庵野監督はエヴァンゲリオンの前に風の谷のナウシカで巨神兵の作画を担当していたはず。宮崎駿監督に人物を描かせてもらえなかったという記事を読んだことがあります。

エヴァンゲリオンも一部巨神兵がモチーフらしいですが、もしかしたらひとつの貫くテーマかもしれません。

そして大友克洋

いや、ちょっと何となくシンクロしたんです。2020年の東京オリンピック、アキラの中では結局開催されない(できなくなった)んですよね。(原作。映画はどうだったっけ)

そしてラストの考察

普通、怪獣映画いや映画全般にいえるかもしれないですが、作中問題になった怪獣なりなんなりはラストにはなくなる、もしくはいなくなる。たとえ精神的なしこりは残したとしても。

そこにどういう意味をとるか。ネットを始め、いろんな評を見てきましたが、そもそもそこに注目している人は少ないような気がします。

もちろん、いろんな見方ができる映画だと思います。いろんな想いを詰め込んで。5年前から加速し始めた何か。そして建前では忘れないと言っておきながら、確実に忘れていっている僕ら。

この映画のラストが示すもの。
それは・・・フクシマ in トーキョー

やつはいまだに確実にそこにいる。いったん沈静化はしたけど、いつどうなるかは予測不能。なんなら黙ってるけど微量の放射能は出続けているのかもしれない。

そしてそれがフクシマではなくてトーキョーだったら。

「いつも地方は後回し」っていうセリフがボソッとありましたよね。

僕たちはいつも利益はたやすく享受するけれど、その利益のためのリスクを背負うのはごく一部。今でも現場で放射能の恐怖と戦いながら作業するのは、周辺の人達が多い。

もしも、自分の住んでるところが破壊され尽くした挙げ句に、それが存在し続けるとしたら・・・

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