やっぱ音楽って・・・

コトリンゴ/悲しくてやりきれない カバーだけど歌詞、雰囲気とも「この世界の片隅に」にぴったり寄り添う珠玉の主題歌

ずるい・・・。なんの前知識もなく「この世界の片隅に」を観に行ったもんだから、冒頭でこの曲がかかった瞬間、涙腺堤防がいきなりのピンチに。

ほとんど歌声だけからの出だし、それだけで気持ちを持っていかれてしまった。

映画「この世界の片隅に」の主題歌
コトリンゴ/悲しくてやりきれない

「この世界の片隅に」を観てきた感想

「この世界の片隅に」を観てきた感想をネタバレなしで

この曲、もとは「帰って来たヨッパライ」でお馴染みのザ・フォーク・クルセイダーズが1968年にリリースした曲。

歌詞の内容としても「悲しくてやりきれない」ことが綴られているだけで、特にそこから展開があるわけではなく。

そう思うと、ただ単に暗い歌のようだけど、どことなくのどかさがある。そう、まるですずさんのような。

ふと思い付いて、そう、これはブルースなんだなと。ブルースの歌詞も救いようがないものが多いけど、そんな中でも明るく生き抜く人々の歌。

映画の終盤は実際「悲しくてやりきれない」んだけれど、そうじゃなく貧乏ながらつつましく生きているすずさん達は、冒頭から「悲しくてやりきれない」んだ。だから映画の冒頭から、違和感なくこの曲が響いてくる。

この曲をカバーするというのは、映画のために準備されたんじゃなく、もともとコトリンゴさんが歌っていたのを、片渕須直監督が気に入っていて、この曲をかけながら制作途中していたらしい。「君の名は」RADWIMPSに先に劇伴を作ってもらって、それを流しながらアニメを制作するという手法をとっていたのに似ているかもしれない。曲が映画の雰囲気に恐ろしいほどマッチングしている(と思う)。

うーん、やっぱりこういうのを言葉で説明するのは難しいな。でも、是非とも体験して欲しい、あの感覚を。しかも映画館の極上の音響で。

「この世界の片隅に」は音楽もそうだけど、音響的にもすごくこだわってます。空爆のシーンとかは本当にリアルで怖い。これは是非体験して欲しい。アニメだと思って侮ってましたけど、このリアルさは映画館の方がより体験度が増すと思うので、家で観るより断然、映画館で観る価値があると思います。

「この世界の片隅に」上映館の少なさにも負けず観に行くべき理由を自分の感想と評価を述べる

11/23日に立ち見で観て以来、自分の中で反芻し続けている「この世界の片隅に」。1度ブログにはしたためましたが、もう少し書きたい気持ちを抑えることができません。

とにかく、まずは観ていただきたいなあと思うので、まずは上映館を確認してみましょう。

劇場情報→

観た直後のレポート

「この世界の片隅に」を観てきた感想をネタバレなしで

11/26放送のTBSラジオウィークエンドシャッフル、ムービーウォッチメンのコーナーで取り上げられたのは、待望の「この世界の片隅に」。
案の定、宇多丸師匠大絶賛でしたね。でました5千億点!

これで、「この映画の片隅に」に大絶賛の評価を与えているのは、僕の知る限りで、

ライムスター宇多丸
ウィークエンドシャッフルスタッフの皆さん
伊藤聡
町田智宏
水道橋博士
岡田斗司夫

その多くの人が今年の邦画、いや映画全般で一番に揚げてます。中には生涯ナンバー1にあげる人も続出する始末です。宇多丸師匠にいたってはムービーウォッチメンの中で、

今後、日本映画史に残るであろう大傑作

とおっしゃってます。

そんな大絶賛の嵐の「この世界の片隅に」ですが、今までの大絶賛映画とはちょっと違った点があるように思います。

評価している多くの人が「良い」のはもちろんですが、「好き」と言っている点。分かります、分かりますよ。思わずぎゅっと抱きしめたくなるような愛おしさがこの映画にはあるんですね。

みんなが大絶賛しているから見に行ったけど、期待はずれだった。結構よくあることだと思います。自分もそうです。そういう場合が多い。大絶賛されていて、期待度MAXで見に行って、それこそ最初は「すげー」ってなるけど、観ているうちに・・・。

しかし、「この世界の片隅に」は違った。最初から期待以上の訴えてくるものにガツーンとなりつつ、最後まで評価は上がりっぱなしのまま、エンディングまで迎えました。(これは個人的な感想です。感じ方にはあくまで個人差はあります。)

最初のガツーンときたこの衝撃、最初から泣きそうになったのはなんなんだろうなあ、と思ってたら、ラジオで宇多丸師匠が説明していました。アニメーションにおいて普通は省かれる中間の絵(中抜き)もきっちり描いて挟み込むことによって、ひとつひとつの動作に説得力がでると。

エンドロールも全く手を抜いてない。いつも「良かった」っていう映画でも、「帰ろかな」って思ったりするもんですが、「この世界の片隅に」は途中で立てなかった(そもそも立ち見でしたけど)。エンディングの後日談や原作から省略されたエピソードが紙芝居風に流れる。ここでもハンカチ何枚かいるぐらい。

こういった丁寧な書き込み、徹底した調査。監督である片渕須直さんの執念を感じます。加え、元々のこうの史代さんの原作からして傑作ということもあって、そして前述のように中抜きしてないこともあって、

スミからすみまで味わい尽くせる作品
by宇多丸師匠

となってます。

アニメならではの芸術的な表現方法、戦争を扱ってる、などいかにも批評家ごのみの面がある、この作品。そういうのってだいたい取っつきにくい高尚な映画になりがち。ですが「この世界の片隅に」はまったく大衆性を失ってなく万人が楽しめる。というか大衆喜劇、基本的に笑いが耐えないの作品です。

戦争という「世界」の出来事が起こっているなかでも、「片隅」では普通の生活が流れていく。

その普通の生活を描く中での背景のリアルさ、音、視点。どこから爆撃機が来るか分からない不自由さ。予測できない災難。

長い制作期間の間には東北大震災もあったそうです。はからずも災害に直面した作品にもなっている。そして大事な人、大事な物を失う喪失感。最後の戦争孤児のエピソードが個人的に一番の泣きポイントでした。

日常の延長線上に戦争がある、もしくは戦争と日常が同居することをこれ以上なく実感できる作品です。

そして絶望は終わり、ちょっとずつ希望にむかっていく。

ぜひ多くの人に観て欲しいと思います。

「この世界の片隅に」を観てきた感想をネタバレなしで

まず、まだ「この世界の片隅に」をまだ見てなくて、見ようかどうしようかなあと思っている人は、このブログを閉じて映画館に行くなり、チケットを手に入れたりして、今すぐ映画を見に行ってください。それが当ブログの結論です。

とにかく見てください。

劇場情報→

予告編もちょっとネタバレを含んでるように思うのでパス。

各方面で絶賛されています。映画評論家の町山智浩さんが「本年度No1」に選んだり、ライムスター宇多丸ウイークエンドシャッフルではスタッフ数人の激プッシュで取り上げることになってたり。(11/26放送予定分)

昭和20年ごろの広島が舞台。ちょっとおっとりしたすずさんが、呉へ嫁入りして悪戦苦闘する姿を描く。当時の日本の街、田舎の様子が丹念に描かれ、やがて昭和20年の夏を迎える・・・。

まず、最初は昔テレビで放送していた懐かしの「まんが日本昔話」を思い出してました。全体としてほんわかとした雰囲気や時々絵画的な描写になったり、ざしきわらしなどの寓話的なエピソードからそう感じたんでしょうか。

主人公すずさんを初めとして全体としてほんわかとした絵柄ですべてのキャラクターが愛おしくなります。そして背景として描かれる戦艦といった武器、自然や街並みが美しい。すずさんが「絵を描くのが好き」ということもあって、突拍子もなく絵画的な表現になったりアニメだからこそできる表現をふんだんに駆使してます。街の景色も取材、ロケハンで当時の様子を極限まで再現していて非常にリアル。そこがポイント。

愛おしいキャラクターとリアルな描写によって、すっとすずさんの世界に入り込んでいきます。気が付くと感情移入しちゃってるんですね。

声優陣もいいです。自然な感じで。特にすずさんを演じたのん(能年玲奈)は素晴らしい。上手いとかじゃなく自然で、独特の雰囲気が

物語の最初はいいんです。のどかな生活が延々続くところは。そうやって昭和初期の生活に浸ってると・・・・。

今年に入って、やっと見ることのできた塚本晋也監督の「野火」を思い出しました。あれも主人公にぐいっと感情移入できたんですよ。でも「野火」は入り込んでその後に展開する世界がさらに凄かった。エグかった。しばらく立ち直れなかったです。いい映画だけど、こんな映画みるんじゃなかったって本気で思いましたからね。

そこまでではなかったけど、この映画も主人公の感情に入り込んだ分、終盤は辛かった。辛さが身にしみた。

なんせ今までみた戦争を扱ったどの映画、ドラマよりも空襲のシーンがリアルです。(野火もそうだけど)というかリアルに感じます。こわいです。本気で怖い。爆弾とかも非常にリアル。爆撃は画面の向こうで起こってるんじゃなくて自分が体験している感覚に襲われる。

でもこの光景って昔だけの話ではなくて、今実際に世界のどこかで起こっていること。市街地に爆弾を落としたり、地上に向けて機関砲をぶっぱなしたりとか。

普通の日常から異常な戦時下へ移行していく過程がほんとに異常に感じます。だからこそ、終盤のあの歴史的な出来事も主観的に感じることができた。まるで当事者のように聴いていた。

なので、ちょっと叫ばしてもらっていいですか。

おっせーんだよ。もっと早くしとけよ。そうしたら・・・

失礼しました。

「この世界の片隅に」はどんな絶望的な状況からでも、かすかな希望に向けてすすんでいく映画だと思います。戦時中が特殊な時間ではなく”今”の延長線上であること。最後のエピソードは詳しくは描かれませんが、それでも未来に向かっていくすずを始め登場人物達に泣けてきます。

とにかくいろんな場面で涙腺が決壊する映画でした。それの引き金は映像だったり、コトリンゴさんの音楽だったり。コトリンゴほんとにいいっす。

あまりに素晴らしいので記事にしてオススメしてみました。→

製作期間に6年かかっているそうです。最後はクラウドファウンディングで資金を調達したという本作。大手資本が絡んでない分、公開劇場が少ない。僕が見に行った映画館はキャパわずか60席(目測)。かろうじて立ち見で見ました。立ち見も満席です。立ってみたんですけど、2時間超あっという間でまったく疲れなかった。来週にはもっと上映館が増えるようですが、ほんとにもっとたくさんの人に見てほしいです。

まだまだ書きたらないので、続きを書きました。よかったらぜひ読んでみてください。→

マイルス・デイビス空白の5年間を描く映画「マイルスアヘッド」

今日はこれから公開の映画の紹介です。その映画とはジャズの帝王マイルス・デイビスを描いた「マイルスアヘッド」です。先日紹介したチェット・ベイカーを描いた「ブルーに生まれついて」に続く、ジャズトランペッターがモデルの映画。

アメリカでは4月に公開されたこの「マイルスアヘッド」。日本では12/23から公開。「ホテルルワンダ」主演の俳優ドン・チードルが監督、脚本、主演をこなす意欲作。何てたって2006年から初めてようやく公開にこぎ着けたという問題作。

マイルスアヘッド予告編

予告編はかっこいいねえ。

さて、隠してもしょうがないのでぶっちゃけていうと、すこぶる前評判が悪い。「ブルーに生まれついて」とはえらい違いじゃ。

なにせ公式ホームページが見当たらない。異常事態です。予告編での著名人のコメントも日野皓正大江千里の二人だけ。マイルスフリークの菊地成孔先生もチェット・ベイカーの映画の方にコメントを寄せるという有り様。

公式ホームページありました!→
検索しても出てきません。配給元のソニーピクチャーズからリンクがあります。

チェットベイカーを描いた「Born To Be Blue」

チェットベイカーを描いた伝記映画「ブルーに生まれついて」が気になる

話題もりもりのマイルスの人生において、失踪していた空白の5年間に焦点を当てたのはいいアイデアだと思います。ドンチードルがトランペットを頑張ったのもえらいと思います。しかし・・・

まあ、自分見てないのでなんとも言えないですが、期待せずに見に行ったほうが良かったりしますしね。

マイルスに興味あるけど、どこから手をつけていいのやらって人にはいいでしょうね。なにせBe-bopから始まって、クール、モード、エレクトリック、フュージョンと、目まぐるしくジャズシーンを駆け抜ける男ですから。

こういう映画で親近感がわいてくるとこれ聴いてみようってなるはず。逆に良く知ってる人には物足りないって事でしょう。

最近だいぶ帝王も存在感が薄れてきたので、こういう映画で一発盛り上がりを・・・。

チェットベイカーを描いた伝記映画「ブルーに生まれついて」が気になる

この冬は奇しくもジャズトランペッターを取り扱った映画が2本公開されます。そのうちの1本が「ブルーに生まれついて(原題:Born To Be Blue)」。ボーカリストとしても人気の高いチェット・ベイカーの伝記映画です。(もう一本はマイルスデイビスを扱った「マイルスアヘッド」)

詳しい情報は公式ホームページ→

11/26から順次上映開始。主演はイーサン・ホーク。監督ロバート・バドロー。

特徴的で中性的な歌声、どちらかというとトランペットよりもヴォーカルとしての人気が高いチェット・ベイカー。ジャズ好き以外のファンも多く、後年の人気・知名度では他のジャズミュージシャンよりも一つ抜きんでているような気がしますが、それはそれで彼を悩ませた点でもあり、決して幸福といえる生涯を送っていません。

ドラッグにおぼれ、悩み多き人生というのも人を惹きつける要因かも知れません。この「ブルーに生まれついて」以前にも「レッツ ゲット ロスト」というチェットベイカーを取り上げた映画がありました。なぜ、そんなに人を惹きつけるのか。

若くして憧れのチャーリー・パーカーのツアーメンバーに採用されたり、人気と名声を手に入れミュージシャンとしては絶頂期を迎えます。

しかし、チャーリーパーカーという天才に触れたことが、後の彼の人生を狂わせてしまったのかも知れません。白人だけれども黒人ミュージシャンに憧れる。当時のアメリカ社会との矛盾。後年、多くの黒人ジャズミュージシャンがそうしたようにヨーロッパに救いを求めるが彼の場合はうまくいかない。

自分ではないものを追いかけ、もがき苦しむ男の姿がそこにはある。

チェットベイカーがその若い時から「My Funny Valentain」を愛奏曲にしていたのは興味深い話だ。この唄の歌詞は要約すれば“なんでこんな不細工な男を好きになっちゃったんだろう。私って変?”っていうような内容。ジェームス・ディーンばりの甘いマスクだった若い頃から、麻薬とアルコール漬けでしわくちゃになった晩年まで、彼はこの唄を歌い続ける。

なぜこの唄を歌い続けたのか?マイルスデイビスとの確執は?モダンジャズの初期に輝いた光のかけらをわずかでも垣間見るために、ぜひ時間を作って見に行きたいのですが、上映劇場が少ない・・・。

大阪だと梅田ガーデンシネマだけか・・・

上映館情報→

上映期間もきっと短いだろうし、早めに何とかしないといけないな。

「何者」は世代を越えて刺さる映画

「君の名は」の横でひっそり上映されている「何者」見てきました。

正直いうと、まだ自分の中ではまとめきれずにいます。それは主人公拓人と自分が重なり過ぎているからかもしれない。

しかし、「何者」が扱ったテーマはどんな人にも共通するものだと思います。舞台が就活で、道具がSNSというだけで、この2つに無縁な人にも確実に刺さるもの。

それが最初に突きつけられるのが、多くの場合就活であり、SNSによって表面化するメディアが増えただけ。

映画「何者」公式ホームページ→

最初は中田ヤスタカが音楽担当と言うことで興味を持ったんですが、俳優陣も今をときめく人ばかりだし、予告編を見て「ちょっと今どきのトレンディものでは・・・」(表現が古い)と躊躇。

中田ヤスタカfeat.米津元帥の主題歌

中田ヤスタカ /NANIMONO (feat. 米津玄師)

しかし、原作が「桐島、部活やめるってよ」朝井リュウ、監督が「愛の渦」、「ボーイズ オン ザ ラン」三浦大輔という事で、これはただでは終わらんだろうなと。

おまけにウィークエンドシャッフルで、絶賛だったので、とりあえず「君の名は」を棚上げしてこちらを見に行きました。

案の定、トレンディ感はゼロ。それどころか非常に生々しい。多分、予告編を見て期待して来た人は肩透かしをくらうんじゃないか。97分と最近の映画としては短めですが、結構長く感じました。

不思議な映画だと思います。そんなの普通の事じゃん(わざわざ映画にすることか)っていう人と、ズバリ核心を突かれてぐさりとくる人とに別れる。

必要ない人には1mmもかすらないけど、必要な人にはとても大事な映画になるんじゃないかな。その点がすべての人に受け入れられてる「君の名は」との大きな違い。

どういう道に進むのか、正解はないけれど、少なくとも自分には嘘をつかず納得させて進むしかない。きっぱりと切り替えて進む人と、きっぱり切り替えたように見せてたけど、実は心のどこかでくすぶってる人。

ほんと、拓人くんは自分自身を見ているようだった。自分もあいつみたいに明るかったらなあとか、言わないことがかっこいいとか。そういう感情は映画には出てこなかったけど、きっと思ってるはず。

今、悩んでることがなくても見るとはっと気づく人もいると思う。そんな意味では、できるだけ多くの人に見てもらいたい。

ちょっと座席が寂しかったんですよねー。見る前にたくさんいた若者達は、ほとんど、となりのウシジマくんに行っちゃった。おーい、こっちも山田孝之出てるよー。

関係ないですが、エンドロール見てたら、カラスは真っ白のメンバーの名前が出て来てびっくり。最初のライブハウスのシーンの演奏って、そうだったのね。

keinojiイチオシのカラスは真っ白。

カラスは真っ白は絶対ライブが楽しいと思う

ここでの演奏がこれまた絶妙で、上手すぎず下手すぎず、でもちょっと上を目指すには厳しいじゃないかって感じさせるもの。うまいことやってんなあって思ったら、こんなところに匠が・・・なるほど納得。

こういう細かい演出が見れるようになったのは、ウィークエンドシャッフルのおかげですな。

応援上映って、いったいなんなんすか琥珀さん!

10/15(土)のウィークエンドシャッフル。特集、サタデーナイトラボ「応援上映」についてでした。謎のベールにつつまれていた「応援上映」が少しづつ明らかになってきたので、ここでちょっとまとめてみたいと思います。

ちなみに琥珀さんとは、応援上映が行われているEXILEの映画「High&Low」の登場人物で、一番よく叫ばれてる名前だそうです。

応援上映とはなにか

文字通り映画を「応援」しながら、鑑賞すること。参加型の映画視聴方法といえます。映画と言うより、アイドルのライブを想像すると近いらしいです。
応援の仕方というのは具体的にいうと

登場人物の名前を叫ぶ。

登場人物の行動を大声で応援する。

登場人物の行動を大声でツッコむ。

アイドルのライブよろしく、サイリウムなどの光り物をふる。

その他いろんな物を振る。

では、その熱狂の応援上映の様子をどうぞ。

応援上映の起源

以前から子ども向けアニメでは、自然発生的ににぎやかにしてたもんですが、そういうのとはちょっと違う、大人を対象とした声援を送ることをハナから狙っって作られた映画。

今年(2016年)1月封切りの「KING OF PRISM」(キンプリ)というアニメ映画かららしい。まだ新しい文化ですな。

ゲームからの影響も侮れません。キンプリという作品自体がゲームから派生したアニメらしいですし、視聴者参加型メディアということでゲームに非常に近しいものを感じます。大勢で参加するゲームって感じですかね。

キンプリが画期的なのは全人類むけw。子供向けだけではなく大人むけに作られているということ。

ちなみにこのキンプリの上映の経緯が面白い。最初14館で始まったのが、動員的には惨敗。9館に減って終了間際だったのが、熱心なファンの働きかけでSNS等で拡散して注目が集まり始めて、動員が盛り返し今では130館に拡大、そしてロングランという爆発的ヒットになったそうだ。

シン・ゴジラでも声援上映っていうのを開催したらしいですね。あとはなんといってもEXILEの映画High&Low

環境の変化

サッカーのワールドカップあたりから始まったパブリックビューイング。いまではプロレスやライブのパブリックビューイングも行われるようになり、映画館がそれにあわせて環境を整えていたことが応援上映にとって追い風になったようです。

実際、応援上映が行われるのは音楽コンサートのライブビューイングを日常的に開催している施設ですね。

応援上映の魅力

一体感がえられる。

同じ映画なのに毎回違う楽しみがある。

そもそも映画って、外国では今でもなんでしょうけど、大騒ぎして楽しむモンだったりしますよね。日本でも昔、映画が娯楽の王様だった頃はそうでしょうし。今の日本が大人しすぎるんですよね。その束縛が解かれる開放感があるんでしょうか。そこにひとつ型をつくってくっていうのは、また日本的ではありますが。

応援上映、参加したい場合は・・・

これが調べてみると意外と難しい。応援上映しそうな映画の情報をチェックするしかないですね。

キンプリが11月の始めに、東京・兵庫で2日間だけやるのと、来年6月に新作が公開されるのでこれはガッツリやるでしょう。

キンプリ新作の情報(応援上映情報も)→

あとは宇多丸師匠が最初に衝撃を受けたEXILEの「High&Low」かな。また、新作あるみたいですし。

High&Low 第2弾 The Red Rain→

他にも面白い話盛りだくさんだったんですが、僕的には今後どういう展開になるかが気になります。今の状況は多少テレビで取り上げられた程度。まだ一般には認知されていないアンダーグラウンドな文化だと思います。かつてのコスプレのような。

このままブレイクを見せるのか、それともあまり盛り上らずにアングラなまま終わるのか。

シン・ゴジラ 誰も言わないラストの考察

さっそく音楽以外の話題です。

シン・ゴジラ、実はまったくのノーマークでした。これだけ世間で話題になっているにも関わらず。
それがですね。たまたまYoutubeで予告編を見たとたん、いてもたってもいられず・・・。

とにかくまず予告編に圧倒されました。

間違いなく、僕が怪獣映画(ゴジラ)に求めているものを満たしている・・・
それはゴジラが怖いこと、そしてハッキリと画面に出てこないこと。

それでですね、物理的に見に行ける一番早い上映を見に行きました。知ってから見に行くまでの時間が短かった、結果的にこれが功を奏しました。

断言します。前知識なしに見た方が100万倍よい。

勘違いしないようにいうと、ネタバレして見ても十分面白い映画であることは間違いない。

それでも、知らずに見た自分の心の動き、動揺が半端なかった。

今、シン・ゴジラが気になってこのブログを読んでるあなた。

ただちに読むのを止めて見に行きなさい。

こんなblog読んでる暇があったら、とにかく今から一番早い上映の予約をいれることです。

上映館情報
http://www.toho.co.jp/theater/?no=180









何がよかったか

圧倒的な存在感。初代ゴジラに匹敵するほどの恐怖感。

初代ゴジラと同じく原子力の恐怖の象徴として描かれていたこと。

そしてこれは自分の感想ですが、人間活動に相反する自然界の象徴として描かれていたこと。

そして、淡々と描かれていたこと。もったいぶった登場の仕方ではなく、「あっ、いる」という感じで。気がつくと日常の風景にいる。そして日常を破壊する。

忘れているつもりはなかったのに

思い出すのは3.11。忘れたわけではないのに。忘れないと思っていたのに。所詮自分は部外者だったのか。海から上陸したゴジラによって、波、船が押し寄せ破壊される街は、鮮やかにあの時みた映像の記憶を蘇らせてくれました。

そしてぐだぐだの政府の対応を経て、その時を迎えます。全身の力が抜けるのを感じました。圧倒的な絶望感。大阪在住なんですけどね。

中盤の考察、蘇る宮崎アニメの・・・

考えてみれば、庵野監督はエヴァンゲリオンの前に風の谷のナウシカで巨神兵の作画を担当していたはず。宮崎駿監督に人物を描かせてもらえなかったという記事を読んだことがあります。

エヴァンゲリオンも一部巨神兵がモチーフらしいですが、もしかしたらひとつの貫くテーマかもしれません。

そして大友克洋

いや、ちょっと何となくシンクロしたんです。2020年の東京オリンピック、アキラの中では結局開催されない(できなくなった)んですよね。(原作。映画はどうだったっけ)

そしてラストの考察

普通、怪獣映画いや映画全般にいえるかもしれないですが、作中問題になった怪獣なりなんなりはラストにはなくなる、もしくはいなくなる。たとえ精神的なしこりは残したとしても。

そこにどういう意味をとるか。ネットを始め、いろんな評を見てきましたが、そもそもそこに注目している人は少ないような気がします。

もちろん、いろんな見方ができる映画だと思います。いろんな想いを詰め込んで。5年前から加速し始めた何か。そして建前では忘れないと言っておきながら、確実に忘れていっている僕ら。

この映画のラストが示すもの。
それは・・・フクシマ in トーキョー

やつはいまだに確実にそこにいる。いったん沈静化はしたけど、いつどうなるかは予測不能。なんなら黙ってるけど微量の放射能は出続けているのかもしれない。

そしてそれがフクシマではなくてトーキョーだったら。

「いつも地方は後回し」っていうセリフがボソッとありましたよね。

僕たちはいつも利益はたやすく享受するけれど、その利益のためのリスクを背負うのはごく一部。今でも現場で放射能の恐怖と戦いながら作業するのは、周辺の人達が多い。

もしも、自分の住んでるところが破壊され尽くした挙げ句に、それが存在し続けるとしたら・・・

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